原点に行く
深夜にFAAの試験が終わりフラフラの four engine driver でございます。
約2週間の訓練も終わり無事Airbus 330のType Ratingを取得しました。
パートナーと息のあったオペレーションで試験も合格!やはり訓練が終わると気持ちもスッキリします。
深夜3時前だったので試験官もさっさと書類を済ませ仮免許であるTemporary Certificateを頂きみんなでバイバイしました。
私はその後軽く仮眠を取り午前9時前にはマイアミを出発。
車で北に向かい運転すること約3時間、メルボルンという小さな街に着きました。
いくつか前のブログにも書きましたが、高校4年間この街にある全寮制の学校に留学してました。当時は男子校でやんちゃな連中が集まる学校で結構ハチャメチャでした。
96年卒業なので約22年ぶり。
共学になり、軍隊性でもなくなったので名前が変わってました。でも外観は中の様子は大きな変わりはなく懐かしかったです。でも当時のような空軍式ではなくなり普通の高校になってしまったのは少し寂しかったですね。
ここで学生時代は軍服を着て朝礼とかやってました。両親に高校へ行ってくると伝えたら早速当時の写真がLINEで届きました。
今の時代はこうやってすぐ携帯でポンと届くんですよね…高校生だった当時、両親とのコミュニケーションは電話のみ。手紙は地球の反対側だったので少なくとも1週間はかかる時代でした。時代と言ってもほんの22年前ですけど…
高校最後は生徒会もやってました。思い出多き高校時代であります。
実はこの高校生活が自分の人生の分岐点だと思っています。香港の学校にいた時はろくに勉強もせず、仲間とバスケや遊びに明け暮れ、成績もとてもじゃないけど人に言えるものではありませんでした。もしあの時アメリカに行かずそのまま香港に残っていたら全く違う人生を送っているのではといつも思う次第です。
高校を見た後は思い出の場所へ行きたいと思い車を走らせました。
メルボルン空港内にあるFIT Aviation。私はここで初めて操縦桿を握りました。
今もあるそうですが、通っていた高校はFITと連携してフライト訓練もできました。私はここで16歳の時に初ソロ、17歳で自家用操縦士を取得しました。要はパイロットのイロハを習った思い出の場所とも言えます。
この赤いPiper Cherokeeに乗り学校の勉強の合間をみて飛行訓練を行っていました。機番は違いますがN621FTも何回かお世話になり、今も現役で未来のパイロットを乗せてプルプル飛んでるようです。
当時を思い出すと苦労しましたね。ATCやフライトがなかなか上手くできず教官にも素質がないと言われたこともありました。だけど当時はがむしゃらだったんでしょうね。何を言われようがコツコツとやってた気がします。
でもFIT Aviationのおかげで今の自分があります。今回の訪問は感謝の意味合いも込めて訪ねました。
アメリカ滞在も残り2日。明日はもう一つの母校である大学に足を運びたいと思います。